「先生に会いに行ってもいいですか?」数か月前に届いていた嬉しいメール。大学受験を機に、うちの教室を卒業した生徒からです^^
彼女はすでに、推薦で国立大学の合格を手にしていたのですが、同級生のみんながセンター試験や前期試験のためにがんばっているあいだは、ウキウキ気分でうちへ遊びに来させるのは違うかな‥と思い、前期試験が終わってからにしようね、と伝えていました。
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もう時効なのでいいかな…と思いますが(本人のOKも貰いました)、ちょっと今回のケース、とても大切なことだと思うので、長くなりますが、ご紹介させてください。
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彼女Eちゃんが初めてやってきたのは、幼稚園の年長さん。
うちへ入会するまでに、すでにいくつかの教室を回ったそうです。とにかくお母さんの“抱っこ” から離れようとせず、お母さんが下ろそうとすると、コアラのようによじ登って、床に足をつけようとしません。
無理やり下ろすと、今度はピアノの下に潜り込んで、とにかくピアノの椅子に座ろうとしないのです。貝の中へ閉じこもっているかのようでした。
それでも、母子で何かを感じたのでしょうか、うちへ入会をすると申し込まれたのです。私は、このEちゃんをどうしようか…正直、途方にくれました。
何週間も何週間も、レッスンへ来てもお母さんから離れません。仕方ないので、お母さんの同伴を認めて入室してもらいました。(うちでは、生徒の自立を促すために、レッスンの同伴を認めていませんが、アポなしでいつでも何回でも参観はしていいことにしています)でも、レッスンにならずに帰らせるときもありました。
3か月ほど経った頃、決意しました。
「お母さん。もう今度から付き添わないで、Eちゃんだけを入室させてください」
母子離れができていないため、お母さんは困惑したと思いますが、私のキッパリとした雰囲気に圧倒されたのか、家でよくよく話し合いをして、翌週Eちゃん母子はやってきました。
玄関でお母さんとバイバイをしたEちゃん。観念したようで、なんとアッサリお部屋へ入ってきて、そのままピアノの椅子に座ったんです!その日、何の問題もなく、アッサリとレッスンができたのでした。
私は「やっぱり…!」確信しました。
いつまでもお母さんから離れられないと思っていたEちゃん。じつは、離れられなかったのは、Eちゃんではなく、お母さんだったのです。
心配のあまり…という気持ち、「わが子にはこうなってほしい」という願い、母親の愛情やエゴが綯交ぜ(ないまぜ)となり、Eちゃんをがんじがらめにしている。そう思いました。小さなEちゃんは、自覚はないもののそのことを心と体で感じ取り、不安定になっていたのです。
Eちゃんがすっかり落ち着いた頃、お母さんのレッスン参観を許可しました。
お母さんは入室できなくてずっと心配だったのでしょう。Eちゃんが少しでも間違えそうになると、レッスン中にも関わらず、「Eちゃーん、そこは違うよ~」と後ろから声をかけるのです。これは完全にNG。レッスン中に指摘を入れるかどうかの判断は先生の仕事であって、お母さんがすることではありません。
その後も、合格しないのはどうしてか?と質問してくる、レッスンでどんなことをしたのか記録をとってほしいとノートを持ってくる(貴重な30分間のレッスン時間がノートを書く分減ってしまい、指導計画がズレてしまう)、家での様子を報告してきては、テキストはこれを使ってほしい、自分で集めた別の先生の指導方法を導入してほしいとリクエストしてくる、そこまで熱心なわりには発表会をはじめとする教室の行事に参加しない…等々。
おおよそ、ピアノの先生や教室に対してやってはいけないマナー違反をことごとくされ、ほとほと困りました。ピアノ教師はさまざまに指導法の勉強をし、よいと思うものを選択しています。すべてに理由があってしていることなのです。ピアノの経験のある親御さんほどやりがちなNGなので、ぜひ気をつけてみてください^^;
お母さんが先生を信頼していないうちは、子どもも先生を信頼しません。
Eちゃんはレッスンで習ったことよりも、お母さんが集めた情報下の指示で練習している様子が見受けられ、まったく指導が進みませんでした。
私が初めて、廃業を考えるまで悩んだ生徒です。円形脱毛症にまでなりました。
やんわり、ときにはキッパリと、私の考えも辛抱強く伝えながら、少しずつお母さんに習い事をさせる際の心構えをお伝えしました。それと比例するかのように、Eちゃんのピアノもよくなっていったのです。
「子は親の鏡とはよく言ったものだな…」と痛感しました。
私自身も過保護タイプの母親なので、自分の子育てを振り返る機会となったように思います。
結局、Eちゃんは中学生になった頃から、お母さんの呪縛(?)から上手に距離をとれるようになり、自分の夢を見つけ、レッスンの合い間には時折、自分の中で大切にしている想いを打ち明けてくれるようになり、私との関係も見違えるほど融和していきました。ピアノも、学校の合唱コンクールの伴奏者に選ばれるまでに成長しました。
そんな様子を見て、もうお母さんもレッスンに介入することはなくなり、Eちゃんを見守れるようになったのでした。
私たちの世界では、教師のほうから退会通告をするのはご法度…という雰囲気があります。
どんな子でも、縁あって門を叩いて来てくれた子なら受け入れ、その子に合った指導法の引き出しを広く持つのが、ピアノ教師の務め。
そうはわかっていても、何度匙を投げようとしたかしれません。
そんな中で、いろいろあったEちゃんとの十数年間を振り返り、匙を投げなくてよかった…と心の底から思います。
「子育ては自分育て」といいますが、「生徒育ても自分育て」だなと、私はEちゃんから教わった気がします。
感情を出さず、ずっと自分の殻に閉じこもっていたEちゃんが、私に会いに来てくれるまでに主体的になった。道半ばでピアノを辞めるのは“挫折” 。音楽的自立ができるようになった時点で、ピアノは “卒業” です。心を込めて描いてくれたピアノの絵は、私の宝物になりました。
今日は高校の卒業式。これから大学生活という新しい希望に満ち溢れた世界へ飛び出すEちゃん。素晴らしい人生を送って欲しいと思います。その傍らに、いつも音楽があなたを慰め、励ましてくれることを忘れないでいてくださいね。
卒業、おめでとう!